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タイトルと内容をリニューアルしました。 研究者妻の本音と頑張りをつづります。
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離陸後13時間無事シカゴ:オヘイア空港に到着しました。

9.11以降空港のセキュリティーはものすごく厳しくなっていて、規則も度々変わる。私たちはそれを知らずにスーツケースはしっかり鍵をかけて預けてしまった。



出てきたスーツケースは「セキュリティーのため開けました」シールでグルグルに巻かれて、勿論かぎは壊されて出てきました。とほほ。

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記憶ではビザが下りてから2週間くらいで渡米したと思います。

私は夫と違いいつも準備万端!
引越しの見積もりや手配は既に済ませてあったので、手書きの引越し表を作り、やるべき事をチェックしてガンガン処理し出発にこぎつけました。

以前勤めていた職場で日通さんとやり取りがあったので、話が早かったと言う訳です。

いくら準備万端の私でも、出発前日まで毎晩送別会が続き結構大変だったな。イヤただ飲みすぎていただけか?



2003年の元旦に採用の知らせを受け取り、ビザ申請へ。
この頃までは、まだ旅行代理店へ依頼してビザの申請ができました。
必要書類を一気に揃え提出。

世界情勢的にはかなり悪いタイミング。アメリカは戦争を始めるし、SARS
でしたっけ?鶏インフルエンザは蔓延するしで、中々ビザがおりない。

結局友人によ~く調べてもらったら、大学内で書類が止まってたんだとさ
○| ̄|_。うちはJビザではなくH1-Bを申請していたので(これも私たちは何の事だかしらず、友人が私たちの将来を思ってこのビザにしていた)かなり時間がかかったようだ。



夫が仕事探しを始め、しばらくしてから日本国内の学会に出た時、ある国立研究所の方が「江川さん、もし仕事の事考えていらっしゃるなら、うちに来る事も選択のひとつとして、覚えててくださいね」と言われたそうな。

この発言には夫もびくり!

私たちは、仕事探しをしていることは誰にも言っていなかったし、前出の友人たちは皆米国在住。話が外へ漏れることはないのに、いきなりその人は仕事の話を夫へふってきた。

動かないで静かにしていると波動は起こりませんが、動き始めると口に出さなくても、エネルギーを発していて相手に「気」が伝わるんでしょうね。

確かこの不思議な出来事のしばらく後に、アメリカから採用の知らせが届いた気がします。

この時、新しく一歩を踏み出すのは大変だけど、動き出せばエネルギーが引き合って、それが目に見える形へ変化していくんだぁと感じました。




写真はBostonシンフォニーホールの天井シャンデリア


夫が仕事探しを始めた頃、私は知らなかったが大学院仲間が「1年くらいならうちに来てもいいよ」と声をかけてくれていたそう。そして「誰と働くかがキーポイントだよ」ともアドバイスしてくれたそうだ。

シカゴにいる別の友人から「卓(夫の名前:勿論仮名です)さんが面白いと思うんだけど」と言って仕事の話を持ってきた。
夫はすぐに必要書類を送り、本格的に仕事探しを始めた。



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プロフィール
HN:
南 こうめ
性別:
女性
職業:
主婦
趣味:
クラシック音楽を聴くこと。ウクライナイースターエッグ作り。小笠原流煎茶道
自己紹介:
夫と二人暮し。研究者の夫と共に2003年渡米。
2008年帰国。大阪在住。
2012年埼玉へ移動。
2013年9月スイス:ローザンヌへ移動。
2917年9月ドイツ:ユーリッヒへ移動。
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